松江好きの関西人

松江には小さいときから何度か訪れており、洗練された文化のある素敵な街だなあと思います。 そんな松江が好きで、関西からMattaの活動を応援してきました。声をあげた市民の声がなかなか届かない現実に、外から見ている私ですらもどかしい思いがいたします。時間と労力をついやして運動されているMattaの方々の歯がゆさはいかばかりかと想像いたします。 Mattaの方々が「民主主義」という言葉を繰り返して強調されていることが、非常に重要だと思います。市長も市議会議員も市民の代表です。議論の焦点となっているお金も、市民がよりよき市民生活の実現のために納税したものです。この基本を忘れていませんか?ということを、住民投票条例案否決に至る一連の出来事が露わにしたように思います。 政治のことを語るのはタブーという日本の特殊な空気感のなかで、日常と政治が乖離していき、政治は特別な人がやるもの、私とは関係ない、という意識が醸成されました。生活と政治の乖離は、政治に期待しない、政治家を信頼しないという諦めを生み、その諦めがますます生活と政治の乖離(市民と政治家の乖離)を深めます。 でも、だからこそ、市民のほうが「民主主義」を言い続けることが大切なのだと、自戒を込めて思います。今生きている人たちの多くにとって、民主主義の原則は生まれたときからありました。しかし、歴史的に見れば、民主主義ではなかった時代のほうが圧倒的に長いです。自由に意見を言えることのために闘い、迫害され、命まで失った人はたくさんいました。 生まれたときからある権利を空気のように当然のものと思って何もしなかったら、気が付いたらなくなっているということになりかねません。平和と同様、自由に意見を言える民主主義は、市民の努力によってはじめて維持されるものなのだと、Mattaの活動から教えていただきました。 ありがとうございます。これからも応援しています。

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