呼びかけ人意見陳述 片岡佳美

10月2日(金)、請求代表者のうち3名が、松江市議会本会議場にて住民投票条例請求についての意見陳述をさせていただきました。

意見陳述 片岡佳美

 住民投票条例直接請求代表者の片岡です。私のほうからは,この直接請求を通して私たちが何を訴えているのか,なぜ訴えているのか,そういったことについて説明させていただきます。

 すでに先の二人も述べましたが,この住民投票は,新庁舎の建設に賛成か反対かを問うものではありません。現在の建設計画を撤回するか否かを問うものでもありません。また,建設場所をどこにせよとか,事業費をいくらにせよとか,具体的な代替案を示し,それについての賛否を問うものでもありません。

では,何を問うのか。市民が議論に参加する機会を設けるため,時間をつくるか否かを問うものです。

 これについて市長からは,「現在の事業計画は 5 年もかけてつくってきたものである。なぜこれまで黙っていたのか,なぜ今ごろになって議論の時間をつくれと言うのか」とか,「広報誌やホームページなどを通じて情報も伝えてきたし,ワークショップやパブリック・コメントなど市民の意見を聞く機会も,ちゃんと設けてきたのに何を今さら言い出すのか」といった反論を受けています。

確かに,この建設事業計画は,長い時間をかけてここまで辿り着いたというものだということは認めます。しかし,多くの市民(少なくともこの条例案に賛同した市民)は,この事業計画について,「知らないうちに詳しい内容が決まっていった」と思っています。とりわけ現在地での建て替え,費用の増額といった問題は市民にとっても重大な関心事ですが,それらの決定も,自分たちの声が十分に聞かれることなくなされたと思っている人が多数います。これは,事実です。

いくら広報やパブコメなどきちんと手順を踏んで進めてきたと言われても,市民が「自分たちの知らないうちに決まった」と感じているなら,それは不十分だった,あるいは,やり方がまずかったと言わざるを得ません。大事なのは,手順を踏んだかどうかではなく,市民にとってどうだったかということです。そこをしっかり問うことをしないなら,手順は「たんなるアリバイづくり」が目的だったということになってしまいます。

市長は,この事業計画が市民にどれだけ納得されているか,確認されたことはありますでしょうか…。私たちは,そのように問い返したいと思います。今,市民は,自分たちの声を聞いてほしいと言っています。そこで私たちは,市民の声を聞く機会をあらためてつくってほしい,そのためには計画通りの 12 月着工は難しいので,いったん中断してほしいと言っています。ただそれは,ここにいる私たちだけで申し出られる話ではないので,住民投票を行なって松江市に住んでいる人たちの意見を聞いたうえで,もし多数の人が市民との対話のために中断することに賛成するなら,ぜひそうしてくださいと言っています。それが住民投票条例案の趣旨です。

 要するに,私たちは,新庁舎建設事業計画の決め方・進め方を問題にしているということです。現状だと,市政に市民が十分に参加できていない,ということを問題視し訴えているのです。

 さて,市民が市政に参加できていないと言うと,「現計画案は,市議会で一生懸命に議論して辿り着いたものだ。議会制民主主義を何だと思っているのか」といったことを市長はおっしゃるのでしょうが,これはまったく的外れです。私たちは決して議会制民主主義を否定していません。市長が進めようとする事業やその予算を承認するかどうか決めるのは,市民の負託を受けた市議会議員です。けれども,「市民の負託を受けた」と言う限り,市議会議員におかれましては,市民をきちんと見て,決めてもらわないといけません。そうでなければ,議会制民主主義とは言えないからです。

 この新庁舎建設の件では,確かに市議会では長年かけてたくさんの議論を行なってこられたのですが,残念ながら結果的には市民は置いてけぼりになり,議会で決まっていったことは,多くの市民の思いを反映しているとは言えないものとなってしまいました。

このように,議会制民主主義は,民主主義とうたっているのにもかかわらず,結果的に民主主義的でなくなることがあります。それは,松江市議会だけの話ではなく,どこでも起こりうる話です。ですから,地方自治法では,そうした問題に対処すべく,住民による直接請求という制度を設けています。

ときどき,直接民主制は間接民主制と両立しないとか,否定するものだとか言われる人もいますが,それは違います。間接民主制を補完するために直接民主制はあります。ですから,今回の私たちが起こした直接請求は,議会制民主主義を何ら否定するものではなく,それを補完しているということを強調しておきます。そもそも市民からの直接請求は,相当多くの賛同者の署名を集めないとできないという点で,そんなに安易にできるものではありません。直接請求を行なうことがポピュリズムとか,議会制民主主義に対する暴力というふうに言われる方は,直接請求の意味を知らない人,あるいは議会の暴走可能性はゼロだと言い切るナイーブに過ぎる人と言ってよいでしょう。

 民主主義を大切に思うからこそ,私たちは,いったん事業を中断して市民の声を聞くために時間をつくってほしいと求めています。その是非を,私たち数人で決めるのでなく,あるいは私たち一市民が集めた署名だけで決めるのではなく,市が行なう公式な住民投票で問うてほしいと言っています。民主主義を尊重するからこそ,住民投票という手続きを求めるのです。

「市民の声を聞いて」と言うと,「市民の声を聞くと言っても,市民にもさまざまな意見があるだろうし,一向にまとまらない。意見の違う市民を分断することになるかもしれない」と言う人がいるかもしれません。また,「今の事業計画をつくるのに長い年月と相当なお金を使ってきたので,市民の声を聞くからといって今,事業を停止すればそれらが無駄になるし,結局コストも高くつく」と抵抗する人もいるかもしれません。けれどもいずれも,市民不在で意思決定することを正当化しているという点で到底受け入れられない意見だと考えます。民主主義に反するからです。

 民主主義とは何でしょうか。こんなことを,民主主義のために働いておられる方々を目の前に問いかけるのは甚だ失礼なことではありますが,あらためて考えてみたいと思います。  近代社会が価値を置き目指してきた民主主義とは,「人民による人民のための人民の統治」です。人民にはいろいろいますから,人民それぞれの多様性を認め,受け入れることが前提です。いろいろな人がいることを,いろいろな声があることを,受け入れることによって民主主義は成り立つのです。ですから,それぞれが「私はこうしたい」と自己主張することというよりは,他の人たちの意見をしっかり聞くことのほうに,重要なポイントがあるのです。自分と違う意見と出合い,ぶつかり,耐えて,よく考えて,とことん話をして,互いの折り合い・納得を目指す。こういうプロセスを経て決めていくことが,民主主義社会の基本です。

 もちろん,私たち市民も,これまでそうした民主主義をしっかり実践していたかと問われれば,胸を張って「はい」とは言えないというのが正直なところです。市報松江やホームページに,この建設事業の情報が十分になかったのなら,市役所や市議会議員に話を聞きに行ったり,場合によっては情報公開請求を起こしたり,知るための手段は,積極的に採ろうと思えば,まったくなかったわけではないのですから。そういう観点から言えば,私たち市民も,日常の仕事や家庭のことに忙しいことを理由に,市政についてはまるっきり人任せだったとして反省しなければなりません。

 しかし,ここでぜひ考えていただきたいのは,「もっと積極的に情報収集すればよかった」と言うのは,今だから言えることではないかということです。現在どんな案とどんな案が比較検討されているところなのか,何が論点になっているのかということが見えていなければ,よほど日頃から市政を見張っている市民でなければ「知りたい」という意志や欲求すらもつことができず,したがって「積極的に情報収集しよう」とも思えないのです。何が問題になっているかまだ何も分からないのに,「問題を追求しよう」などと,だれが考えつくでしょうか。

たとえば,現地建て替えの話でも「本当に現地建て替えしかないのか,他はないのか」,また費用の話でも「150 億円の費用は本当に仕方がないことなのか」をめぐって市議会で白熱した討論が延々となされているのが聞こえてきたなら,市民はもっと早くから積極的に声を上げたと思うのです。責任転嫁だと言われるかもしれませんが,市議会議員のみなさんにも,比較検討のための熱い討論を市民に十分見せられなかった点では,「市民に負託されて決める」という立場にある者として,そこは反省していただかないといけないと考えます。

 ただ,たまたまと言うべきか今年に入って,新型コロナウイルス感染症の拡大という非常事態に直面したことで,私をはじめ,これまで市政から遠くにいた多くの市民が,自発的に市政に関心を強めるようになりました。とりわけ,巨額の費用をかけて今年度中に建設が始まるとされる新庁舎について,自分から積極的に問い直し,「知ろう」とし,さらには自分の意見を形成し,声を上げたいと言いだすようになったのです。これは,たとえたまたまであっても重要なことだと思います。「このままでよいのか」と問いをもつことや,「民主主義をまもるのは自分たちの責任だ」と思うことは,非常に健全だからです。

 そのような背景もあり,声を上げるのは確かに「今さら」となったわけですが,いまや市民は,目をさまし,市政に参加したい,参加しなければ,と思うようになりました。これは,「対話による協働のまちづくり宣言」を発表している松江市にとって,喜ばしいことであるはずです。この宣言では,市は「まちづくりの主役たる市民とともに協働の精神を培い,市民参加のまちづくり」をします,とうたっているのです。

新庁舎建設について,市民の納得のための対話を行なう時間を今からとることを,住民投票で住民のみなさんから賛同を得たうえで実現していただければ嬉しく思います。もう一度言いますが,私たちが言っているのは,場所をどうしろ費用をどうしろという話ではないのです。市民による市民のための市民の市政を実現するため,今声を上げている市民を無視せずに,新庁舎建設事業を検討してほしいのです。そのことの是非を住民投票で問うていただきたいのです。「5 年かけて決めたから,もう市民と話す時間はない」と一方的に決めないでほしいのです。

この直接請求を市議会議員のみなさんにどう受け止めていただけるか,私たち市民は大きな関心をもって見ています。「市民の負託を受けた」みなさんが,多様な市民の声を大事にして,市民に十分配慮しながら政策決定を行なう,という議会制民主主義を強く求めます。

 民主主義とは何か。

ぜひ,それを問いながら,ご審議のほどよろしくお願い申し上げます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です